★2004シャクナゲ満開・英国の旅
◆9日目(6月5日)曇り
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 いよいよ今日で英国の旅も終りである。午前中の自由時間を使って、コートールドギャラリーを訪ねてみる計画だ。これは、当初から楽しみにしていたことである。地図で確かめると、さしたる距離ではない。街の観光をしながら、歩いて行くことにした。今日は、特別添乗員である家内のガイドが頼りである。

◆D-Day


特別警戒中
  昨日も奇異に感じたが、ロンドンの街は到る所に警官の姿があり【写真右】、街角に自動小銃を構えて警戒にあたっている姿も見受けられた。
  ホテル前で、ツアー仲間の一人が言った。
「この街は治安がいいですねぇ・・・、安心して歩けますよ」。
  現地ガイドが教えてくれた。
『この辺りに駐車しているワンボックスカーは、何でもない民間車に見えますけど、中には警官が潜んでいますよ。今、ロンドンの街は特別警戒中なんです。実は,明日6月6日が、D-デイと言って、ノルマンディー上陸作戦が行われた60周年記念日に当たるのです。だから、テロを警戒して緊張しているんですよ。』と。

 フランスのノルマンディーの浜辺で繰り広げられた大作戦は、歴史に残る多数の戦死者を出したが、これをきっかけにして第二次世界大戦は終息に向ったと言われている。今年の式典には、初めてドイツ高官が招待されることになっているということだった。時の流れを感じる。思えば、ホテルのすぐ近くが、ロンドン警視庁(New Scotland yard)であった。何事も起こりませんように!

◆英国での医療費は、タダ!


ウエストミンスター寺院
 朝食を済ませて,ホテルを後にした。最初に出逢ったのが、ウエストミンスター寺院である【写真左】。未だ時間が早いようで、観光客が開門を待っていた。今日は、のんびり出来る時間がない。外観を眺め、売店で案内の写真集を買うことでスキップ。

 ビッグ・ベンと議会の建物を眺めるには対岸からでないと・・・と家内。ウエストミンスター橋を渡っていたら、トーマス病院の建物が近くに見えた。記念に1枚カメラに収めた【写真右下】。バスでこの病院の前を通った時、添乗員がイギリスの医療について、「原則的に無料」だという話をしたのを思い出したからである。「旅行者であっても、救急外来受付を通ると無料扱いにしてくれるから安心です。このトーマス病院は、その国営病院で〜す。」と、ガイド。


トーマス病院

 イギリスの福祉政策は「ゆりかごから墓場まで」ということを聞いたことがあるが、本当だったんだ!さすが、福祉国家・・・と、少なからず感動したのである。だから、羨望の気持ちもあって撮影したのであるが、帰国していろいろ調べてみると、現実はそんな甘いものではないらしいことが分かってきた。現地レポートを読むと、極めて評判が悪いというのである。

 鉄の女と言われたサッチャー首相の時代、『大砲かバターか』の選択を迫られた首相は大砲を選び、その結果、福祉予算は縮小され、医療現場にしわ寄せがきているというのだ。つまり、次第に質が低下し、現実的には治療を受けるまでの待ち時間が異常に長くて緊急の役には立っていないのだという。代わりに、質の高いプライベートの病院が台頭、有料だから一部の裕福な人たちにだけ役立っているらしい。現在ブレア首相自らが国営医療の改革に取り組んでいるというから、相当深刻な問題になっているのだろう。添乗員の話はウソではなかったが、少し昔の良き時代の話だったようだ。

◆ダリ展


ビックベンと議会の眺め

 ビックベンと議会の眺めはさすがの見応え【写真右】。しかし、丁度橋桁の工事中であり、今にも降り出しそうな曇り空。きれいに見える画像の撮影は出来なかった。


ダリ展

 川岸に沿って歩いていたら、開催中のダリ展に出逢えた【写真左】。これは予定してないことだったが、懐かしさもあって急いで入場した。先年、フィゲラスのダリ美術館で楽しませてもらったことを思い出し乍ら、人気の少ない会場で落ち着いて鑑賞することができた。なかなか充実した展示になっていて、見応えのあるものであった【写真下】




立体作品「唇」

抽き出しの付いた人物

◆コートールドギャラリー


コートールギャラリー前広場
  13時30分が、観光バスの出発する時間なので、何としてもそれ迄にはホテルへ帰らなくてはならない。コートールドギャラリーへ急いだ。途中、地元の人と思われる人と観光バスの運転手に尋ねたが分からなかった。3人目でようやく辿りつけたが、それはサマセットハウスという大きな施設の一画にあり、規模としては小さいコレクションギャラリーであった【写真左】

 小さな美術館ではあるが、ヨーロッパ最高の印象派コレクションとして、美術愛好者の中では抜群の評価を得ているのである。評判通り、期待を裏切らない名作が並んでいた。
  モジリアニ【写真下・右】、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ【写真下・左】、ルノワール、そしてドガ。それら印象派を代表する名作がキラ星の如く並び、マネの名作「ベルジェール劇場のバー」【写真下・下段】が、部屋の中央に展示されてあった。彼の最晩年に描かれた傑作である。それらの作品に接することが出来て感動。触ろうと思えば容易に出来る近さで、細かなディテールや微妙な色調、画家の息遣いまで感じ乍ら丹念に鑑賞していると、時間が経つのを忘れてしまった。


セザンヌの「静物」

モジリアニの「人物」


「ベルジェール劇場のバー」

 

 未練を残しながら美術館を後にした。テムズ川沿いに地下鉄入り口があるのを確かめて、その側の小さな公園のベンチに腰掛けて一休みした。持参したパンをかじりはじめたら、ハトが集まってきた。少しだけパンを分け与え乍らお茶を飲み、昼食を共にした。

 時間に余裕を残して地下鉄入り口に行くと職員が立っていて、只今工事中で電車は動いていないと言う。いささか焦った。バスを利用してくれ、と言われたが、この際、集合時間に遅れることがあってはならない。一度は乗ってみたいと思っていたタクシーを拾った。悪い事は重なるもので、ホテル近くで渋滞。歩いたほうが早いかな?と思っていたら、さすがロンドンのタクシーである。脇道をスルリと走り抜け、ホテル玄関に横付けした。約束の時間までには、まだ20分を残していた。

◆ハンプトンコート宮殿


宮殿の正面
 
いよいよ英国最後の観光である。テムズ川上流にある赤煉瓦で造られた宮殿。もとは1貴族の別荘として造られたものらしいが、保身の為国王ヘンリー8世に献上することになり、その後増築,改修が重ねられ現在のような大規模な宮殿になったという【写真左】。日本における皇居のようなものに思えた。贅を尽くした建物もさることながら、広大で格調高い庭園には、権力の驕りと贅沢さが溢れていた。


厨房
 最初に案内された所が厨房。この宮殿に生活するすべての住人の食を賄ったというだけあって、納得させられる広さ、そして大きさであった【写真右】。しかし、農家の台所を極端に大きくしただけのものではないか、とも思った。つまり、特別に機能的な設備・機材が使われているとは思えなかったからだ。

 住居エリアの撮影は禁止されていたので記録できないが、当時は絶対に立ち入ることが出来なかったプライベートな部屋まで見学することが出来た。時の王が実際にはどんな生活をしていたのかが垣間見えるようで、大変面白いと思った。例えば、広い寝室の天蓋付き豪華なベットは見せる為のものであり、実際はしっかり警護の出来る奥まった小さな部屋が使用されていたと言う。専用の「おまる」が備えられた暗い小部屋もあった。
  親しい身内の者たちだけで遊んだという娯楽室があり、ドアを開ければ花壇のある広い庭園【写真下・上段】に出る事が出来、渡り廊下では楽士が優雅な身なりで演奏をしていたようだ。そんな贅を尽くした日常の様子を再現して、当時の雰囲気に浸ってもらえるよう美人のアーティストたちが当時の楽器で生演奏、観光客へのサービスに努めていた【写真下・下段左】。また、宮廷内では、当時の衣装を身につけたガイドたちが、質問に応じたり案内に当たっていた【写真下・下段右】

 

広い庭園


当時の楽器で生演奏

案内

  見学時間も終わって中庭からゲートを出ようと歩き出し、ふと上を見上げたら、今迄見たことのない大時計があった【写真右下】。24時間式の天文時計だとのこと。1540年に作られたもので,現在も生きているという。時を知らせるだけではなく、テムズ川の潮の干満を知らせることも出来るらしい。改めて撮影した画像を見てみたら、時計の針が4時12分であることを示している。あと15分したら、空港に向って出発する時間なのである。


24時間式の天文時計
 10日間の英国の旅、恙なく終了。期待以上に楽しめた旅であった。

 

ロンドン空港 21:00 JL404便 定刻を少し遅れて離陸。
成田空港   16:30 定刻より少し早く到着。流れ解散。

おわり

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