2008カナダへの旅

◆5日目(7月16日)晴

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 6時前には目覚めてしまった。昨夜は、ついつい1時頃まで本を読んでいたので、充分な睡眠が取れたとは言えない。家内も同じように睡眠障害が続いているというから、二人とも万全の体調とは言いがたい。しかし、今日は快晴。爽やかな朝を迎えることが出来た。

 今日は、レイクルイーズを訪ねる予定である。出来たら、アグネス湖にも行ってみたい。6年前に訪ねた時は、湖面が凍っていたことを思い出し、寒さ対策もしておく。7時に部屋を出て、サムソンモールのパン屋に立ち寄り、朝と昼食用のパンを買い込んだ。暖めてもらったパンを駐車場で食べ、レイクルイーズに向って出発した。

◆心変わり

 道は直ぐに登りにかかった。朝日を受けた山並みの緑がキラキラ輝いて、真っ青の空に映えて美しい。その緑の向こうに雪を頂いた峰峰が見え始めた。ふと、テンピークスの山々を思い出した。素晴らしかった感動がよみがえる。その途端、気持ちが変わった。今日は、願ってもない快晴である。そうだ、テンピークスを訪ねてみよう。自分でもビックリする心変りである。


テンピークスの末端が見えた

 レイクルイーズに上がる道を右手に見送り、真っ直ぐモレーン湖に向う道を進む。峠に出た時、白く輝いてテンピークスの末端が遠望出来た(写真左)。しばし、カメラストップ。

◆モレーン湖からテンピークス展望尾根へ

 モレーン湖に人影はまだひとつだけであった。湖面に朝の光が走り、静寂に包まれたエメラルドグリーンが美しい(写真下)。 湖を見下ろす形で聳えているのがテンピークスである。雲が広がりつつあるのが気になるが、尾根筋まで登ってみようと思う。そこからの素晴らしかった眺めが忘れられない。

清々しい朝の湖畔に立つ


静かなモレーン湖とテンピークス

クマとの遭遇を心配しながら登り始めた

 登山道入り口の掲示板には、熊に要注意のチラシが貼ってあった。4人以上で行動せよ。ベルを鳴らしながら歩くこと。前回は空き缶に石ころを入れて、それを振り乍ら登ったことを思い出したが、今回も鈴の用意はない。まだ時間的に早いから他に登山客の姿もない。ままよ、出来るだけ音たてながら歩けば、熊も用心してくれるであろう。覚悟を決めて登行開始。熊との遭遇を心配しながら、超ゆっくりペースで登り始めた(写真右)。一度登ったことのある道だから安心である。およその見当をつけることが出来るし、時間もたっぷりある。天候もまずまずだし、心配なのは、家内の心臓と熊との遭遇だけである。自分の体調のことは、すっかり念頭から消え去っていたようである。

◆屈辱的な挫折

 前回と違って、左足の血流が悪いのは大きなハンディであるが、少々負荷を与えた方が、血流促進の為には良いだろうとの判断もあったので、あえて足が重くなる辛さを我慢し乍ら歩き続けた。足の不調は兎も角、今日は何故か、息切れがして体が重い。久しぶりの山道だから、やむをえないかな、それにしても体力が落ちたものだと自嘲しながら、慎重に足を運んだ。

 足が酸欠状態になると痛くなり重くなるが,5分も休めば又歩けるようになる。平地を歩いている場合とは大分違うが、気持ちとしては、リハビリに耐えているつもりであり、試練も尾根筋までと思えば頑張り甲斐もあるというものだ。残りわずかだな・・・と思い始めた頃、気力を振り絞って歩き続けようとしたが、息苦しくてならず気分も悪くなり、ひたすら休みたいと思った。腰掛けるのに具合のよさそうな岩石を見つけて腰を下ろした。

 初めてゆっくり追い越して行った家内が声をかけてきた。「休むのなら此処迄来てごらんよ、とても見晴らしが良いから。」見上げると、凡そ10メートル位の距離である。再度、声をかけてきたが、動けなかった。足もさることながら胸まで酸欠状態である。体調不良のまま登ってきたから、一種の高山病症状かもしれない。体力の限界かな?とも思う。腰掛けているのも辛くなり、岩の斜面に頭を預けて休んだ。異常に気がついたらしい家内がかけ下りてきた。とにかく、しばらく休息したい。休息しなくてはいけない、と思った。今迄に体力の限界を意識したことは何度も体験してきたことだし、きっと回復出来る。経験的に大丈夫だと思った。
 尾根迄もう一息のはずだから、少し休めば行けるだろう。狭い山道だが、家内にも言われて横になりザックを枕にして足を伸ばした。心配をかけることになってしまったことを、つくづく情けなく思い乍ら、眼を閉じた。しかし、地面は冷たく、容赦なく体温が奪われていく。寒い。家内は持ち合わせの衣類を全て出して体を包んでくれた。

 「どうしましたか?大丈夫ですか?」登って来た中年のカップルが声をかけてくれた。「水はあるか?食料はあるか?携帯をもっているから、救助を頼んであげようか?」と心配してくれる。休息とれば大丈夫と答え、お礼を言って先に行ってもらった。間もなく次々とハイカーがやってきた。異口同音に同じことを尋ね、心配してくれた。それにしても、何たる醜態。奪われた体温が大きすぎたのであろう。悪寒が走り、全身に震えがきて止まらなくなった。これでは休息にはならないし、寒さと恥ずかしさに耐えられなくなり起き上がった。ジャケットのボタンを嵌めようとしても、両手がガタガタ震えて果たせなかった。


駐車場に咲いていたインディアンブラシ

 登高を続けるのは諦めた。テンピークスを間近に望める尾根に立てたとしても、こんな状態では絵は描けない。直ぐに下山を開始。写生用具は、家内が無理矢理奪い背負ってくれることになった。屈辱的なことだが、抵抗出来る状況ではなかった。全身の震えが止まらないので、しっかり歩けなかったが格別心配ではなかった。ままよ、歩いていれば、その内血流も良くなり体も暖まってくるであろう。途中、日本人グループとすれ違った。元気なふりをしてやりすごした。ときどき休み乍ら、ゆっくり来た道を下った。モレーン湖に着いた時は、震えもとまりすっかり回復出来ていた。湖畔には赤い花が咲いていた(写真右)。リスが可愛く走り回っていた(写真下)。何事もなかったような情景の中に立ち、そんな自分を見つめながら、ともかく安堵した。しかし、しばらく車の中で休息をとることにした。


リスが可愛いポーズで出迎えてくれた

 思いもかけなかった屈辱的な挫折を振り返る。自分の体調管理をおろそかにしたままの登山であったこと。結果、家内を含め第三者に迷惑を掛け心配させることになってしまった。山男のはしくれではあるが、してはいけないこと、あってはならないことである。どんなに低山であろうとも、山をみくびってはいけなかったこと。その二つのことが、挫折した原因の全てである。まことに恥ずかしい限りである。水を飲み、眼を閉じてしばしの仮眠を取った。

 家内が売店から買ってきてくれた水を飲み、サンドイッチを少し食べ、車外に出て散策。リスを追いかけ花をカメラに収める都度、軽くめまいを覚えた。まだ、運転するのは危険かな、と思い、シートを倒して休息を心がける。4時、廻りに居た車の数が少なくなった。

 慎重に山道を下った。今朝カメラストップした地点で再度停車。 朝とは,大きく変貌してしまった景観だが、それなりに魅力的である。この地を訪ねるのは、これが最後になるだろう、との思いがこみ上げる。しっかり描きとめておこうと思った。路肩一杯に寄せて駐車。スケッチブックを広げて山と対峙した。色を付け終わったら1時間が過ぎていた。

 夕食は、自室で済ませた。アルファ米、焼きめざし、サイコロビーフ、味噌汁、ほうれん草のペストリー、それにチョコレート。  バスジェルをたっぷり入れて入浴。ゆっくり睡眠をとった。


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